小倉百人一首歌碑建立事業に協賛 学問の神様・菅家(菅原道真)の歌碑を嵐山の地に寄贈させていただきました

「お子さん方に日本のよき伝統文化を知っていただければ」
「地域の皆さまや観光の発展に少しでもお役に立てれば」
2007年、創立45周年を迎えた成基コミュニティグループでは、教育を通してお子さんの夢実現を支援しています。同時に「社会に貢献してゆくこと」も大切であるとも考えています。そのような観点から、京都商工会議所創立120周年事業の一環として設立された(財)小倉百人一首文化財団による「小倉百人一首歌碑建立事業」に協賛させていただき、京都嵐山の地に、 菅家(菅原道真)の歌碑を、成基学園の名で寄贈させていただきました。成基コミュニティグループでは今後も教育を通してお子さんの夢実現や社会への貢献に努めてまいります。
美意識の結晶である「小倉百人一首」と歌碑建立事業について
鎌倉時代初期の歌人・藤原定家によって、『古今集』など10の勅撰和歌集から秀歌を選んで編纂された「百人一首」。定家の山荘が嵯峨野の小倉山付近にあったことから『小倉百人一首』と称されました。小倉百人一首は江戸時代には「かるた」となり、現在にいたります。百人一首は、花を愛でる心の機微や恋心、みずみずしい感性、人間の“生”の躍動感、人や自然への慈しみなど、さまざまな美意識で満ち溢れています。
そんな百首の歌碑を、山の麓に広がる嵐山・嵯峨野 に 建立する「小倉百人一首歌碑建立事業」は、2007年10月19日、5年の歳月を経てようやく完成しました。百首の歌碑は、成基コミュニティグループはじめ、さまざまな地元の企業や団体等の寄付によって建立されています。
学問の神様・菅家(菅原道真)と歌碑について
菅家(菅原道真)は、平安時代の学者・漢詩人・政治家であり、京都の北野天満宮や福岡の太宰府天満宮では「学問の神様」としても祀られ、受験生はじめ多くの人々に親しまれています。
碑には「このたびは ぬさもとりあえず 手向山(たむけやま) 紅葉の錦 神のまにまに」が刻まれています。この歌の意味は「このたびはにわかの旅立ちで、神に捧げる幣(ぬさ)もありませんが、手向けの山の紅葉の錦をささげますので、神のみこころのままにお受け取りください」というものです。
菅家(菅原道真)の歌碑がある嵐山の亀山地区の周りには、渡月橋や天龍寺・常寂光寺・二尊院・落柿舎など多くの観光客が訪れる名跡があります。歌碑に使用されている石は奈良県の吉野石。揮毫は書家の黒野清宇氏によるものです。
より質の高い教育の提供を目指す成基コミュニティグループ
数多くある教育機関の中で、学問の神様・菅家(菅原道真)の歌碑を寄贈させていただけ、微力ながらも地域の皆さまのお役に立てることに、成基コミュニティグループとしましては喜びを感じています。またその一方で、身の引き締まる思いもいたします。2007年、創立45周年を迎えた 教育に携わる企業として、学問の神様に対しても恥ずかしくないよう、今後とも教育コーチングをはじめ、より質の高い教育を、お子さんの夢実現や地域社会の発展のため、提供していくことを目指します。







